リバー・フェニックスの亡き後

ホアキン役者としての成功

フィリップ演じたホアキン・フェニックスも兄のリバー・フェニックスと同じくヴィーガンです。ヴィーガンはベジタリアンよりももっと厳格なベジタリアンで、衣類に着用するの男性の場合は靴であったりベルトの類のものでも、絶対に皮を着用しません。両親は元々ヒッピー”LOVE&PEACE”をモットーにして、その流れで爆発的に増えた「神の子どもたち」に入信してその仲間達と、コミュニティを点々とする生活をしていましたが、「神の子どもたち」宗教の異常さ気づき信仰を失った両親にとってはヴィーガンとして生きることに救いを見出したのかもしれません。

究極のベジタリアンでありながらも、歪んだ姿を生前のリバー・フェニックスは見せていますが、弟のホアヒンも同じく歪んだ姿を見受けられます。リバー・フェニックスは「スタンド・バイ・ミー」のプロモーションの時にまだ17歳ぐらいだったと思われますが、両親と共にプロモーションのために来日していますがその頃ももちろんヴィーガンで、ナッツやドライフルーツをかじり、20歳の頃には朝のインタビューの時点で手元には「ブラッディ・マリー」でした。セロリとトマトジュースは植物だからいい。ウォッカは少しだし。といった按配です。朝の時点にそれって。。という感じですが、弟ホアキンもやっぱりアルコールへの依存が強いようで、アルコール依存症のリハビリプログラムを受けたこともあります。ホアキン・フェニックスも奇行ぶりで知られていますが、常に危うい雰囲気を身にまとっています。

兄の死でマスコミ攻撃にさらされたホアキンは、一時期映画界から距離をおきました。その間に兄リバー・フェニックスの葬儀などもあり、精神的にもかなり辛かった時期だったのではないでしょうか。救急隊員への電話の時には「早く早く急いで・・」とかなり取り乱した電話の様子でしたが、兄はそのまま帰らぬ人となりフロリダ州で火葬されて故郷フロリダでリバー・フェニックスの遺骨は空中散布されています。両親の信念に基づいたヴィーガンという完全菜食主義者としての生き方を否定するつもりなどまったくありませんが、子供は親の強い影響下のもとで成長を遂げるのでホアキンも兄と同じく両親から強い影響を受けたのでしょう。

一時期映画界から距離を置いていたホアキン・フェニックスですが、兄が亡くなった翌年から仕事に復帰して俳優としてのキャリアを再びスタートさせました。

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俳優として大活躍

1995年ニコール・キッドマンがゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞した作品『誘う女』で、そして1997年オリヴァー・ストーン監督のサスペンス映画『U-ターン』などで、憂鬱な雰囲気を持った青年を演じています。そして1997年『秘密の絆』では1950年代の中西部のスモールタウンを描いた作品ですが、そこで再び主演をつとめるまでになりました。

2000年第73回アカデミー賞作品賞とゴールデングローブ賞ドラマ部門作品の『グラディエーター』では、リドリー・スコット監督から主役のライバルとなるローマ皇帝コモドゥス役に抜擢されます。そして主演のラッセル・クロウに一歩も引かない演技を見せました。『グラディエーター』では、アカデミー賞やゴールデングローブ賞など名立たる映画賞の助演男優賞にノミネートされて、ホアキン・フェニックスは個性派俳優としての知名度を確立するまでになりました。

2002年にはこの年にもっとも高い収益を上げた映画のひとつとして話題にもなった『サイン』、2004年にルワンダ虐殺を扱いイギリス・イタリア・南アフリカ共和国合作の実話をベースにした『ホテル・ルワンダ』、ミステリ作品の2004年『ヴィレッジ』といった話題作に出演をつづけています。そして2006年『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』では、カントリー・ミュージシャンのジョニー・キャッシュの伝記映画になっていますが、そこでの劇中歌もホアキン自身が歌って演じきりました。そしてこの役で、2度目のアカデミー賞ノミネートを受けただけではなく、ゴールデングローブ賞主演男優賞とグラミー賞を同時に受賞することになりました。そしてこの年には、映画芸術科学アカデミーからアカデミー会員へ推挙されています。

宗教っていろいろありますね

歌手になる?!ウソでしょ?!

2008年10月にホアキン・フェニックスは、ポール・ニューマンのチャリティーイベントに出席します。その場で、なんと俳優業を引退してミュージシャンの道を進むと発言しました。この発言は、おそらくゴールデングローブ獲得に繋がったカントリーミュージックじゃないか?!と噂されましたが、ホアキンのジャンルが驚くことに”ラップ”ということもあって、一気に世間の話題となりました。「そんなのウソでしょ?!」「なにかジョーダンじゃないのか?!」とかいろいろと噂がましたが、なんせエキセントリックな行動に、危うい雰囲気のホアキンでかに、本気かも・・・などなどいろ世間を騒がせることになりました。

そして俳優業から歌手転向へするという動機についてホアキンは何といったのかというと、「俳優活動は疲れた」などという内容の発言をしました。俳優業から歌手への転向については、ホアキンの妹サマー・フェニックスの夫で、ベン・アフレックの弟ケイシー・アフレックが撮影しているドキュメンタリー映画のためじゃないか?!とも言われていましたが、ホアキン自身はそんな噂をすべて一貫して否定して、2009年3月13日にラッパーとして最初のコンサートを開催しました。コンサートの時には、以前とは全く違った髭だらけの風貌で即興のラップを披露していますが、途中で野次馬の罵声に激怒して、観客につかみかかっていく騒動にと発展しました。

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